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個人的に年間で1万枚(換金20万円以上)が4回出た機種。それは、パチスロ「北斗の拳-転生の章-」(サミー)であった。
北斗の拳-転生の章-(サミー)は、「あべしシステム」というそれまでになかったゲーム性と、射幸心を煽るような出玉力で一躍パチンコホールの主役となり、「低設定でも事故が起こる可能性がある」と多くのユーザーが虜となっていた。
私のような、店選びもしなければ、設定狙いもしない、打ってはいけないゲーム数からでも衝動に駆られ、どうしても打ってしまう自制心がぶっ壊れたギャンブル依存症者でも、年間で1万枚が4回も出てしまうのだから、どれだけ破壊力があるかお分かり頂けるかと思う。
導入からしばらくして、あるパチスロライターが「こんなの世に出すからパチスロに規制が入るんだよ・・・」と言っていたが、それから数年後、本当にパチスロに規制がかけられた。そして、令和4年1月31日にパチスロ5号機は終焉を迎え、6号機時代へと完全移行する。
この頃、私は北斗の拳-転生の章-にどっぷりとハマリ、毎日のように朝から晩まで打っていた。
朝一にリセット確認のためリールガックンがするのかを判別し、256あべしまで打つ。そんなことを繰り返していた。多くのユーザーが一枚メダルを入れて「あべし数」を確認する光景が当然だったように、私も同じようなことを繰り返していたのだ。
そんな北斗転生との日常、常連達から「神拳勝舞おかしくない?」「ガチ抽選なのかな?」という会話を口々に耳にした。確かに私もその違和感には覚えていた。なんというか、初当たり時にATレベルを抽選していることはメーカー発表で知っていたが、神拳勝舞のレベルもあるのではないかという疑問。どう数えても神拳勝舞中に毎ゲーム25%で勝舞リプレイを抽選しているとは思えず、勝舞リプレイを引くのも大きく偏ることが頻繁にあったのだ。
私が1万枚を越えた時は、4度とも神拳勝舞が勝率として異常な数値を示し、1万枚への過程で突然訪れる神拳勝舞20連敗、30連敗の大きな偏りの波があった。2万枚オーバーをした時は、1万枚を越えた後に、50連敗という神拳勝舞を経験し、勝舞魂が一気に3個になってしまったということもあった。(その後、勝舞魂は100個を超える)
メーカーが解析を全て出さないことは、パチンコ業界では当然のようにあった訳で、それによってユーザーの射幸心を煽ったり、誤認を与えてしまうものであれば、決して遊技の範疇では収まらない健全性が欠けるものではないだろうか。
人は、よかった頃を忘れなれないという様に、収入減などの経済的打撃を受けると何が苦しいかと言うと、生活レベルを落とすことではないかと実感として思う。比較する基準が以前の生活レベルだからだ。貧しい他国での生活と比べるならば、インフラが整い、憲法で最低限の生活が保障されている日本であれば、どんな状況でも何とか生きていく事はできる。だが、それでも苦しいのだろう。
パチスロは後一カ月もすれば、完全6号機時代に突入するが、これからパチスロユーザーに訪れる感情は喪失感に似たものになるに違いない。パチスロが良かったという基準と比べ、明らかに絶望的だからだ。「4号機から5号機に移行した時も乗り越えた」という言葉も目にしたが、明らかに時代が変わっている。様々な意味でパチスロはもう必要ないという風向きに変わっているのだ。
今後、ギャンブル依存症者はパチスロによって、よりドーパミンを感じにくい状況になり、喪失感とイライラ感を増幅していくだろう。そして、パチスロ人気は一気に低迷し、多くのユーザーが離れていく状況にあって、パチンコ店はパチスロでの出玉は還元できない局面になり、ギャンブル依存症者の懐は痛む一方に違いない。
この際、風営法を改正し、まずはパチスロの貸し出しを5円以下にすべきではないだろうか。そして、いずれは換金禁止のパチンコ・パチスロにして、それでも遊技人口が減らずパチンコ業界が残っていくなら、本当の意味でのアミューズメント・エンターテイメントだと言えるだろう。
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