2023年6月、長崎県松浦市のコンビニエンスストアで店員らをバールで殴り、店の現金などを奪ったとして強盗殺人未遂などの罪に問われている男(30)の裁判員裁判が5月30日、結審した。
男は強盗目的でコンビニに行き、店員だけでなく、たまたま来店した客も襲い、重傷を負わせて金を奪った。その動機は《ギャンブルによる借金》だったという。法廷では、一命を取り留めたものの左目の視力を奪われるなど後遺症を負った元店員の男性(当時48)が被告に対し「一生お客様への謝罪を続けろ」と峻烈な処罰感情を述べた。
■被告は起訴内容を認める
強盗殺人未遂などの罪に問われているのは、住所不定・無職の川端健太郎被告30歳。起訴状によると、川端被告は2023年6月、長崎県松浦市御厨町のコンビニに押し入り、男性店員と男性客を全長約54㎝の鶴首バールや拳で複数回殴打して重傷を負わせたうえ、現金およそ5万円が入った店のマネーケースと1万円あまりが入った男性客の財布を奪ったとして強盗殺人未遂と窃盗の罪に問われている。
この裁判は裁判員裁判で行われており、5月28日に長崎地方裁判所で開かれた初公判で、被告は起訴内容を認めた。
■「最後の千円が10万、20万円になった経験から期待してしまった」
被告(30)は丸刈りで、黒の長そでシャツ、長ズボン姿で入廷。弁護人によると、被告は内気でおとなしい性格で飼い猫と暮らしていた。仕事は幼馴染が経営する配達業と日雇いの建設業を掛け持ちしていたという。
検察は「被告は《借金をしてギャンブルをする》ほどのめり込んでいた。事件当時、公共料金の滞納や消費者金融、複数の知人などから少なくとも約280万の借金があった」と指摘した。
弁護人:ギャンブルを始めたのは?
被告:19歳のとき。21歳ごろには毎日パチンコ・スロットをしていた。
──ボート(競艇)にも手を付けていたようだが?
2022年12月ごろから始めた。パチンコとは違い、1時間で数十万円つぎ込める。頻度はパチンコと半々くらい。
──事件直前、ギャンブルをしていた時の気持ちは?
楽しくなかったが、お金を増やさないといけないと思った。他に増やす方法が分からなかった。
犯行前日の2023年6月21日、被告は受け取った給料28万円から前借分の4万円を返済し、残りの24万円をその日のうちにギャンブルや食費等で使い果たした。その夜、パチンコ店から自宅に帰る車の中でコンビニ強盗を決意したという。
──24万円をどうしたのか?
すべてギャンブルで使った。パチンコをしながらスマホアプリでボート(競艇)に賭け、使い切った。
──どうして(ギャンブルを)止めないのか?
《最後の千円で10万、20万になった経験》から期待してしまった。
──使い果たした時の気持ちは?
次の給料日までどう生活しようかと絶望した。帰りの車内で、まとまった金のためには強盗するしかないと考えた。
裁判の中で、被告を診断した精神科の医師は「どの精神科医が見ても《ギャンブル障がい》の診断がつく」と証言。「追い込まれた状況になると心理的視野狭窄となり『金をどうにか手に入れてギャンブルするしかない』となる。常識で考えられない行動を取ることは心理学的にあり得る」と述べた。
太田寅彦裁判長は医師に対し「ギャンブル障がいの人が犯罪行為にまで至ってしまうのは仕方ないことだと考えるか?」と尋ねると、医師は「金を得るためには手段を選ばないケースもある。ただ『病気だから罪を犯してOK』ではない」と述べた。
■短絡的で極めて危険・悪質な犯行
冒頭陳述によると、川端被告は午後11時過ぎ、自宅で強盗の準備をし、22日の午前0時ごろ自宅を出て、歩いてコンビニへ向かった。
ストア近くの重機置き場内のプレハブ小屋に押し入り、中にあったヤッケを羽織り、バールを奪った上でコンビニの裏に移動し、建物の陰に隠れた。
被告は、店員が店外に出て戻ろうとしたとき、頭をバールで一撃した。気絶し痙攣(けいれん)している店員の足を引きずり、店の陰に隠した。血痕は約13メートルあったという。その後、駐車場に車を停めた客が、財布を手に店中に入って行ったため、後を追って被告も店の中へ入る。後ろから近寄っていた際、被告が滑って転んだことで客に気づかれ、取っ組み合いとなった。
被告はバールや拳で客の頭や顔などを複数回殴り、客が出入り口から逃げ出した後、客が落とした財布を拾い、コンビニのバックヤードへ。金庫などを探った後、机の上にあったマネーケースを奪い、逃走したとされている。■被害者2人は重傷 左目に後遺症
弁護士:
コンビニ(※別店舗)でのバイト経験からどこに金が保管されているか知っていたのか?被告:
事務所の金庫にあると思った。鍵かパスワードで開ける(と思っていた)。──店裏に待機した後の状況は?
店員がすぐそばまで来て止まり、また遠ざかっていった。その後ろ姿を見て何も考えられなくなった。そのあとは記憶がなく、気付いた時には店員が倒れ、痙攣していた
──倒れたことに気づいてからは?
(店員を)隠そうとしたところ、駐車場に車が入ってきた。まずいと思い、頭が真っ白になった。(客が)店内へ入ったのを追いかけていった。場面ごとの記憶しかないが、客とバールの取り合いになった。素手で殴り、逃げていく背中を見た。
──客が逃げるのを止めなかったのはなぜか?通報されるとは考えなかったのか?
考えが至らず、お金を取るため、バックヤードへ金庫を目指して向かった。金庫から金を盗み、逃げる途中で客の財布を見つけ、それも持って逃げた
元店員の男性(当時48)は頭がい骨骨折・右急性硬膜外血腫・脳挫傷などの大けがをし、視神経が傷ついたことで左目の視力が0.04まで落ちる後遺症が残った。男性客(当時63歳)は左頭頂骨骨折・左下顎骨骨折・左尺骨骨折・左母指伸筋腱断裂等などの大けがをした。
──被害者への思いは?
全く関係ない人を暴行し、事件に巻き込んで一生の傷を負わせて人生までめちゃくちゃにしてしまった。店舗へも何十万円では済まない被害を出した。償っていきたい。
■「わたしはあなたを許さない」
被告にバールで殴られ、左目に後遺症を負った元店員の男性(当時48)の意見陳述では、最初に「私はあなたを許さない」という強い言葉が発せられた。
男性は父が経営していた理容店を続けるため、借金を抱えながら、10年以上前からコンビニで週5日、夜間勤務も行っていた。「被告がギャンブルで借りた金は(私の)事業返済額に遥か及ばない額」被告が起こしたことは「幼稚で浅はか。最大限の刑罰を」と述べた。また、自身の後遺症について「左目(の視野)にはラグビーボールのようなもやがかかっていて回復する術がない。毎朝起きたら何も見えなくなってるんじゃないかと不安になる。涙と嗚咽が止まらなくなったこともあった」と言葉を詰まらせた。
さらに自分の人生を壊されたことに加え「働いていたコンビニのお客様に凶器を向け、大けがをさせたことは極刑に処されるべき」「(被告は)一生お客様への謝罪を続けろ」などと峻烈な処罰感情を表した。男性は意見陳述中、一度も被告に目をやることはなく「加害者であるあなたは私の人生に必要のない人。償いが続く人生をただ生きていけばよい」などと述べた。
■「強盗しようや」「強盗するしかない」量刑のポイントは“計画性”
裁判のポイントは量刑(被告人に科すべき罪の重さ)となっている。検察側は、幼馴染などとのSNSでのやりとりを示し「強盗」という言葉がでていることや、事前に目出し帽などを準備していることなどから「緻密とは言えないが、相応の計画性があったのは明らか」と主張した。
検察官:(幼馴染に)強盗をほのめかしていたのではないか?
旧知の中で、あくまで冗談のつもりだった。
──事件の数か月前からコンビニを狙おうと考えていたのではないか?
考えたのはあくまで前夜。
──やるかは別として考えもしなかった?
ないと思う。
──2022年10月25日、幼馴染との間で「強盗しようや」という連絡記録も残っているが?
記憶がない。
──2023年1月、借金をしていた知人へ「金を貸してもらえないならもうコンビニ強盗するしかない」と言ったという証言を知人がしているが?
1月にも借金をしていたが、言ったのは4月頃だったと思う。切羽詰まって犯罪をほのめかせば金を貸してもらえると思った。
裁判員:冗談のつもりでも、なぜ「強盗」と言った?
2022年に職場の先輩がパチンコで負けたとき「強盗でもしようかな」と言っていた。そこからワードとして残っていた。それ以上の意味はなかった。自分が実際にできるとは思ってなかった。
■判決は4日に言い渡される
論告求刑で検察は、被告が元男性店員や客を殺傷能力の高いバールなどで頭などを殴り大けがをさせたことは、無関係で落ち度のない2人が命を落としてもおかしくない状況で、犯行態様は『極めて危険で悪質』『計画性があった』『地域社会を不安に陥れた』などとして懲役22年を求刑した。
一方、弁護側は、店員にレジや金庫を開けさせないと金が奪えないと分かっていたのに、店員を襲い気絶させたことなどから、強盗は“行き当たりばったり”で『計画性は乏しく、冷静さを失った行動だった』『刃物による犯行ではなく強固な殺意はなかった』などとして懲役14年が相当と主張した。
最後に裁判長から「言うことはないか」との問いに、被告は声を震わせながら「一生かけて罪とギャンブル障がいに向き合って生きていくことを誓う」と口にした。
判決は6月4日に言い渡される。
NBC長崎放送(2024年6月3日)
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